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睡眠を整えると気分も整う──社会リズム療法

健康3大要素である「睡眠」

 食事、運動と並び、健康を支える3大要素の1つである睡眠。「しっかり眠れば、他の病気も治りやすい」ことは、多くの医師が体験していると思います。本講座では、医療現場で遭遇する患者さんの睡眠問題をどう診立て、いかに対処するかを紹介していきます。今回は前回に続き、気分障害(うつ病、双極性障害)と睡眠障害の深い関係について取り上げます。

うつ病や双極性障害などの気分障害では、不眠や過眠(眠気)が非常に多いことがよく知られています。気分障害では不眠や過眠以外にも食欲低下や倦怠感など様々な症状が出現しますが、睡眠と気分障害の関係は病因論的にもより密接で、臨床転帰にも深く関わります。

 臨床上大事な点は、不眠や眠気がうつ症状や躁症状の発症や再発のリスク要因であり、また早期兆候として気分障害が顕在化するのに先立って出現するケースが多いことです。前回ご紹介したように、初発うつ病の約4割、再発うつ病では約6割で不眠症状が先行します。先行する期間は患者さんによって様々ですが、不眠症状が出てから平均5週間程度でうつ病が顕在化するといわれています。この1カ月強は、抗うつ薬の再検討や環境調整に極めて有効な準備期間になります。

 特に双極性障害では睡眠との関連が深く、日々の睡眠状態が気分に大きく影響します。双極性障害では気分が高揚する躁状態と、気分が落ち込むうつ状態の両方がみられます。寛解期にある患者さんでも、徹夜をしたり、時差飛行をしたり、夜勤などで昼夜逆転した後に気分のアップダウンが生じることは臨床上よく知られています。

 例えば、気分障害の既往の無い人でも、身内に不幸があってお通夜に参加した翌日に軽躁状態に陥ったなどのケースは古くから“葬式躁病”などの俗称で精神科の古い教科書にも載っています。双極性障害の患者さんでは、より容易に大きな気分変動が生じやすいのです。

「葬式躁病」のメカニズムを活用したうつ病治療

ではなぜ、悲しいはずの通夜で躁状態になってしまうのでしょうか?

 精神病理学的な解釈では、葬式躁病は自分の大切な人を失ったために生じる気分の落ち込みや不安を意識しないようにする心の防衛機制(躁的防衛)であるとされます。睡眠医学的に見ると、通夜、すなわち徹夜(断眠)という行為自体も葬式躁病の発症に深く関わっていると考えられます。というのも、一晩の断眠は即効性の抗うつ効果を発揮するからです(断眠効果と呼ばれます)。

 断眠効果は、健康な人でもみられます。徹夜をすると朝方には眠気や疲労感がありますが、その後お昼頃にかけて妙にハイになった経験はないでしょうか?

 1970年代に、ドイツを中心にうつ病患者さんを一晩断眠させてうつ症状を軽減させる治療(断眠療法)が取り入れられ、数多くの研究が行われました。断眠中にウトウト眠ってしまっては効果が減ってしまうため、看護スタッフが付き添い、適宜、音楽鑑賞や読書、ゲームなどで眠気を晴らすなど計画的に行う必要があります。その結果、うつ病に対する有効率(一定基準を上回る改善を示した患者の割合)は60~70%と高く、抗うつ薬を用いた一般的な薬物療法の有効率とほぼ同じであることが分かりました。そして何よりも特徴的だったのは、断眠療法は薬物療法に比較して効果発現が極めて速かったのです。

 抗うつ薬療法では一般に、効果がしっかりと得られるまで最低でも2週間、通常は4週間以上かかります。ところが断眠療法では、翌日にはうつ症状が大幅に軽減するケースが多く、一時期大変注目されました。

 このように即効性のある断眠療法が普及しなかったのは、手間がかかることもさることながら、効果の持続期間が短かったためです。断眠療法で改善効果が得られても、断眠翌日に普段通りに眠ると数日でうつ症状が再燃することが多かったのです。また、双極性障害患者さんでは抑うつ症状の改善を突き抜けて躁状態に陥る危険性がある両刃の剣です。実際、断眠療法は双極性障害に対しては禁忌とされています。

 現在では特殊なスケジュールで断眠を行い、光療法などを併用することで抗うつ効果を長引かせる方法が開発され、薬物療法抵抗性の患者さんに対しても効果を発揮することが確かめられています。今後、うつ病治療の選択肢の1つとして“復権”するかもしれません。

「対人関係社会リズム療法」で双極性障害の再発を予防

 双極性障害では睡眠や生活リズムの乱れが多くみられるという知見を元に、日々の睡眠リズムを安定化させることで双極性障害の再発を予防しようとする様々な試みが行われました。その中の1つに、米ピッツバーグ大学で開発された「対人関係社会リズム療法(Interpersonal and social rhythm therapy;IPSRT)」があります。IPSRTは対人関係療法と社会リズム療法を融合させた薬物によらない治療法で、米国で行われた大規模な臨床試験で双極性障害の再発予防効果をもつことが明らかにされています。

 IPSRTの大きな柱である社会リズム療法について、もう少し解説しましょう。ソーシャル・リズム・メトリックと呼ばれる一種の生活表に、起床、出勤・登校、運動、昼寝、夕食、就寝など様々な生活時間とともに、睡眠も含めた生活リズム(社会リズム)を乱す原因となったイベントや、その結果生じた気分変動の大きさを患者さん自身に記録してもらいます。社会リズムが崩れる原因には対人関係のストレスが深く関わっていることが多いため、その時の人間関係(対人関係)の影響の度合いも書き込みます。

 実生活では自分の精神状態の変化やその原因を客観的に把握することはなかなか難しいため、残業やそのための睡眠不足、週末の寝だめ、サークル活動や町内の定例会での対人ストレス、生理周期などが再発のトリガーとなっていることにうまく気付けない人が多いのです。ソーシャル・リズム・メトリックにはこれら再発の危険因子を「見える化」することで気付きを促す効果があります。

 強い躁状態とうつ状態を繰り返し、薬物療法でもなかなか安定しない双極性障害の患者さん(急速交代型ラピッドサイクラー;rapid cycler)でも、最初に14時間(18時から翌朝8時)、のちに短縮して10時間にわたって部屋を暗くして過ごしてもらうことで、気分が安定化することも示されています。睡眠と気分との間には深い関係があることを理解し、臨床で活用できた好例といえましょう。